3.4.11 活動実績 産婦人科医さん
case 11
相手:32歳 産婦人科医 国公立大医学部卒
場所:
お見合い 銀座カフェ
デート 5回以上
産婦人科医さんと初めてお会いしたのは、結婚相談所のラウンジ。
ラウンジでのお見合いは1時間程度と決まっているので、ラウンジでのお見合い後、近くのカフェでお話を続けることになった。
カフェで飲み物を選ぶ時、
私「私、紅茶が好きなんです。」
産婦人科医さん「僕も好きです。インドに行ったときに飲んだチャイが本当に美味しかったなぁ」
と紅茶の話からインド旅行の話に発展した。
産婦人科医さんは、学生時代に数カ月に渡って、インドを周遊したそう。
ガンジス川に足を入れたら、数日発熱が続いて大変だった話とか、いろいろな武勇伝を話してくれた。
私は、男らしくていいなと思った。
産婦人科医さんは、大学院生として、研究に励み、週数回当直していた。
デートの日は、研究して、当直して、研究して、デートに来る、という感じで、寝る間もなく、とても忙しそうだった。
デート3回目で、産婦人科医さんからお付き合いしてみませんか?という申し出があった。
私は、産婦人科医さんの真面目にお仕事に取り組んでいる姿を尊敬していたので、本交際まで進めて嬉しかった。
その後のデートで、高校時代の思い出話をした。
産婦人科医さんは、あまりいい思い出はないと、下向きだった。
私「高校時代の写真とか見てみたいな」
産婦人科医さん「学生証の写真くらいしかないよ」
私「卒業アルバムとかあるでしょ今度、見せて〜」
産婦人科医さんはものすごくテンションが低かった。
何かあるのかな。。。
超優秀なことがゆえに、いじめられたりしたのかな、といろいろと考えた。
あらゆる可能性を考えて、googleで検索した。
すると、産婦人科医さんの母校(高校)で、部活動中に高所から転落し、障害が残ってしまった学校事故の記事を見つけた。
記事によると、数年に渡り、とある男性が県に対して賠償金(億単位)を求める裁判をしているとのこと。
もしかして?と思った。
産婦人科医さんは、大学時代、医学の勉強の傍ら、法律の勉強にも力を入れていたと言っていた。
後日、私は、職場の近くの法律事務所で無料相談を受けた。
そこの弁護士さん曰く、学校事故でこれほどの額の賠償金を求めるのは、よっぽどだし、
実際に支払われた額(2000万円くらい)というのも、よっぽどの障害が残らない限りこういう裁判結果にならない思うとアドバイスをくれた。
同時に、原告と被告の名前がわかれば、裁判所で判決文を閲覧することができることも教えてくれた。
私は、原告の名前が産婦人科医さんの名前と一致するかわからないけれど、地方裁判所に判決文を見に行くことにした。
地方裁判所に向かう途中、どうか一致しないでほしいと願うばかりだった。
地方裁判所に着いて、判決文閲覧希望の用紙に、原告と被告を記入し、提出した。
待つこと10分、別室から出てきた係の人の手には分厚い文書があった。
もしや、もしや、、、
一致してしまった!!!
判決文の閲覧は30分程度と決まっている。私は、気が動転しながらも、最初から最後まで目を通した。
そこには、想像を絶する程の辛い闘病生活の様子が綴られていた。
判決文によると、ある部位の損傷で、車椅子生活が余儀なくされ、生殖機能もだいぶ損傷しているとのこと。
リハビリの成果で、今は普通に歩いているけれど、高校時代はほとんど車椅子生活で、学校に通うことも難しかったようだった。
産婦人科医さんと結婚したらどんな生活になるんだろうな、
自分自身が生殖機能を失った状態で、産婦人科の仕事は辛くないのかな、
どんな気持ちで婚活していたのかな、
いろんな感情が湧き上がってきた。
そもそも、その結婚相談所の入会条件には、
・心身ともに健康であること、
・ある一定の経済力や学歴があること、
とある。
もちろん、持病がある人だって、婚活や結婚する権利はあるけれど、
交際を申し込むまでには、相手にその事実を言うべきである。
産婦人科医さんの場合は、事故で負ったキズが癒えていないのだろう。
結婚までの道のりはまだまだ長いのかもしれない。